生え抜きの物語性――軒並み売上記録更新の「鳥谷2000安打」 – スポーツニッポン

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試合後に売り出された鳥谷2000安打記念商品を求め、タイガースショップに詰めかけた人びと。店内が人であふれ、入場規制されていた(8日午後10時撮影)
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 【内田雅也の広角追球】その日のコラムを書いて送り終え、甲子園球場の関係者出入り口から外に出た。ふだんとは違う熱気が渦巻いていた。

 阪神・鳥谷敬が通算2000安打を達成した8日、DeNA戦の試合後、午後10時だった。

 タイガースショップから人があふれている。「入場規制中」の看板を手にした係員が列の最後尾にいた。午後8時51分の試合終了後に売り出した鳥谷の2000安打達成記念グッズを求める人が詰めかけていたのだ。Tシャツ、タオル、キャップなど40種類以上が売り出されていた。

 球場横のスペース、ミズノスクエアで販売する缶バッジを求める人の波はさらにすごかった。

 阪神では2015年から甲子園での試合に勝利した後、その日のヒーローをあしらった「イチオシ缶バッジ」を1個400円で発売している。

 この日はむろん鳥谷で、当日の日付と2000安打をデザインしたバッジを求める列は室内練習場前の広場で波を打ち、右翼席場外の甲子園素盞嗚(スサノオ)神社前まで伸びていた。最後尾では看板を手にした係員が「2時間待ちです」と案内していた。「インターネットでも購入できます」と告知していたが、同時間帯の球団公式オンラインショップ「T―SHOP」はアクセスが殺到してつながらない状態が続いていた。結局、日付が代わった9日午前0時半まで売り続けた。終電時刻が過ぎ、人の波はようやくおさまった。

 球団によると、当日、缶バッジは最多の6265個が売れた。通常1000個程度で、いかに飛び抜けていたかが分かる。場外の行列は約6000人にのぼった。

 また、翌9日のDeNA戦は満員札止め4万6748人が詰めかけ、記念の鳥谷タンブラーなどを販売したこともあり、球場内の飲食・物販の売り上げは過去最高だった2014年10月25日の日本シリーズ第1戦を上回り、新記録(売上高は非公表)を達成した。

 鳥谷2000安打関連グッズの売り上げはショップ、直営店、通販などを合わせ、3日間で何と1億円を超えた。

 この熱気はどういうことだろうか。一つには甲子園がある。阪神の選手の2000安打は福留孝介に次いで5人目だが、本拠地・甲子園で達成されるのは初めてだった。

 阪神球団常務・谷本修は「カウントダウン形式で盛り上がり、待ち焦がれていた思いがあったのでしょう」と話した。

 「それに、やはり生え抜きという要素があるのでしょうね」。甲子園球場内の売上記録は、先に書いた14年の日本シリーズ第1戦の前は阪神在籍最長22年の桧山進次郎引退試合(13年10月5日)だった。

 鳥谷も自由枠で04年入団から阪神一筋14年の生え抜きである。フリーエージェント(FA)など移籍活性化で1球団で現役を全うする選手が少なくなっている。さらに移籍が盛んな大リーグでは生え抜き選手を「ワン・チーム・プレーヤー」「フランチャイズ・プレーヤー」と呼び、敬意を持たれ、人気も高い。

 クラブハウス内のロッカーには大量の花が届いた。花々に囲まれる鳥谷の姿に、谷本は「ファンは鳥谷の快挙をわが事のように、あるいはわが子のようにみているようです」と話した。

 新人や若手のころから見続けてきた。活躍も不調も、表彰や負傷や、さらに、結婚や子育て……まで、見守ってきた感覚があるのだろう。ファンそれぞれに鳥谷と歩んだ歴史、物語がある。「ファンはプロ野球にストーリーを求めている」と谷本は言った。そんな物語性は応援するチームの生え抜き選手でより強くなるのだろう。

 人生にはさまざまな困難がある。難題とまで行かずとも、日々の生活は問題であふれている。村上春樹風に書けば「生きるためには考え続けなくちゃならない。明日の天気のことから、風呂の栓のサイズまでね」=『風の歌を聴け』(講談社文庫)=となるだろう。

 作家・小川洋子が心理学者・河合隼雄との対談『生きることは、自分の物語をつくること』(新潮文庫)で語っている。

 「人は、生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に(中略)自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を必ずやっている」

 その手助けとなるのがプロ野球ではないか。日常からかけ離れた祝祭空間としての野球場に身を置く。見つめ、声を出し、歌い、踊る。そして「あいつもがんばっているのだから」と明日を見るわけである。

 とりわけファンの生活とともにある阪神はそんな役目を担っている。阪神生え抜きの鳥谷フィーバーに物語の重要性を思った。 =敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 阪神戦に同行して大阪紙面に書くコラム『内田雅也の追球』のスタートは2007年。鳥谷入団の2004年当時は別名のコラムを書いていた。1963年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高(旧制和歌山中)―慶大。1985年入社以来、野球記者一筋。





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