マスコミの「反安倍」祭りはいつまで続くのか – BIGLOBEニュース – BIGLOBEニュース

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参議院本会議場で、安全保障関連法案が可決され、拍手する議員ら。自民党の「強行採決」を朝日新聞は強く批判した(2015年9月19日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA〔AFPBB News〕

 北朝鮮が弾道ミサイルを発射したのに、国会ではいまだに加計学園の議論が続いている。今年になって国会審議の大半を占めた森友学園と加計学園は、何が問題なのか、さっぱりわからない。政権に何の問題もないとはいわないが、違法行為があったわけでもないのに、ここまで中身のない話を何十時間も審議したのは前代未聞である。

 共通点はどちらの話にも、安倍首相の名前が出てくることだ。つまりこれはマスコミの左傾化というより「反安倍」のお祭りといったほうがいい。もう1つの共通点は、朝日新聞社会部の「スクープ」から始まったことだ。これには朝日の「お家の事情」もからんでいる。

混乱は慰安婦特集から始まった

 朝日新聞は昔から「反安倍」だったわけではない。小泉内閣のころは郵政民営化を支持し、第1次安倍内閣でも基本線は変わらなかったが、慰安婦問題で海外から火の手が上がったとき、朝日は安倍首相を糾弾する側に回り、首相は孤立した。この問題が両者の対立の根っ子にある。

 第2次安倍内閣が2012年末に誕生する直前に、朝日新聞社の木村伊量社長(当時)はトップ会談で関係を修復しようとし、社内でも秘密の「検証チーム」が発足した。2014年8月に慰安婦問題報道を検証する特集記事を書いたが、「慰安婦問題の本質は女性の人権だ」と開き直って謝罪もしなかったため、かえって批判を浴び、木村氏は退陣せざるをえなくなった。

 同じ時期に、安保法制についての閣議決定が行われた。朝日新聞は集団的自衛権の行使容認に反対の立場を取ったが、これは従来の報道の延長線上で、民主党も絶対反対ではなかった。2014年12月の解散・総選挙では、安保は争点にならなかった。

 ところが翌年、朝日新聞も民主党も「安保反対」に舵を切り、自民党の「強行採決」で国会は荒れた。そこにはいくつかのアクシデントが重なっていた。

政治部と社会部のバランスが崩れた

 1つはよく知られている通り、2015年6月の憲法審査会で自民党の推薦した長谷部恭男参考人が「安保法制は違憲だ」という意見を表明したことだ。このため3人の参考人がすべて政府案に反対という異例の事態になった。

 もう1つは、木村社長の辞任で社内抗争の続いていた朝日新聞で、社会部が実権を握ったことだ。木村氏の後任の渡辺雅隆社長は、初めての大阪社会部長の出身だった。朝日の社長は政治部と経済部が交代で務めていたので、これは異例の人事だった。

 政治部と社会部という棲み分けは、日本独特だ。政局は政治部が取材するが、政治家のスキャンダルは社会部が取材する。たとえば総務省の記者クラブには政治部と社会部の記者が配属されるが、政治部は電波利権を担当する「原稿を書かない記者」で、社会部は政治資金などの不祥事を取材する。

 夜回りで政治家が政治部記者に「おまえの社は政治資金の話でうるさい」と文句をいうと、記者は「上に伝えておきます」という。そういう情報は政治部に上がり、政治家のスキャンダルを「押さえる」記者が出世する。

 だから、どこの社も政治部は保守で、社会部は左翼である。それは仕事の性質上やむをえない面があり、社会部が政権に遠慮するとおもしろい記事は書けない。数の上でも社会部は(地方支局を入れると)記者の過半数だが、政治部は政権との距離が近いので両者のバランスが保たれていた。

 ところが朝日の社内で「左バネ」が強まってバランスが崩れ、政治部が「社会部化」した。民進党の情報源は朝日だから、安倍政権の政策ではなく森友や加計のような些細なスキャンダルを国会で取り上げ、「反安倍」キャンペーンを強化する。要するにマスコミが左傾化したというより、新聞が下世話な社会部ネタに特化し、「ワイドショー化」したのだ。

 読売や朝日のように発行部数が600万部を超える新聞は、世界に類をみない。100万部以上の新聞のほとんどは、他の国では1面に芸能ネタを載せるような大衆紙である。1面に政治・経済の記事をもってくる朝日新聞は、大衆紙としては異例のレイアウトをしてきた。それが森友・加計問題で普通の大衆紙になっただけともいえる。

活字からネットへの過渡期

 これはマスコミが斜陽産業になったという原因も大きい。特に朝日新聞は、慰安婦問題が噴出してから(公称部数で)100万部以上も減っている。こういうときは「数字の取れるネタ」に走りやすい。

 安保法制のような政治問題はワイドショーの話題にはなりにくいが、加計学園のような「疑惑」は、いくらでも引っ張れる。役所の中からも、前川喜平前事務次官のような不満分子が出てきて、内閣支持率を下げる政治問題になる。支持率が下がると政局に影響するので、政治部も参加せざるをえない。

 週刊文春や週刊新潮など「右派」と思われていた出版社系の週刊誌も「反安倍」に舵を切った。これも営業的に考えると、右派の読者層だった戦中派(1930年代生まれ)が少なくなり、団塊の世代が紙のメディアの読者の中心になったためとみることができる。

 1947年に生まれた団塊の世代は今年70歳。会社を完全に引退したが、年金は満額受給できるので生活には困らない。やることがなくなって暇を持て余すので、1日中テレビを見て、新聞を読んでいる。いわば男性も「専業主婦」化したのだ。

 団塊の世代の人口はゼロ歳児の2倍を超えるので、社会的な影響力が大きい。子供のころ刷り込まれた「平和憲法」の理想を今も抱き、安倍政権に敵意をもつ。イメージとしては、民進党の国会議員を想像してみるといい。

 しかし団塊の世代はあと5年で後期高齢者になり、10年余りで半数がいなくなる。その下の(私以下の)世代はもう紙の新聞は読まないので、私の主宰しているアゴラのようなネットメディアが主流になるだろう。

 アゴラの月間ページビューは(他サイトへの配信を含めて)1000万を超える。これはネットメディアとしては群を抜いて多いわけではないが、週刊誌よりはるかに多く、新聞に近い。読者の中心は40代のビジネスマンだが、森友や加計の騒ぎには冷淡だ。

 蓮舫氏の二重国籍のような社会ネタには反響が大きいが、「反日」を攻撃するネトウヨは読者にいない。「憲法9条で日本を守る」という一国平和主義は否定するが、靖国神社を崇拝しているわけでもない。昔の朝日新聞のような「高級紙」の読者に近い。

 今は過渡期で、これからメディアは二極化するだろう。ネットメディアが量的にも質的にも主流になって多様化する一方、新聞はワイドショーに近づいて大衆紙になり、影響力は衰えるだろう。意味不明の「反安倍」キャンペーンは、紙のメディアが政治を動かす最後の現象かもしれない。

筆者:池田 信夫






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